• K.Toshihiko

    早稲田大学 卒業

    2005年、新卒で株式会社リクルートに入社。営業部門にて数々の業績を残し、入社5年で年収1000万に到達する。2012年、レイスグループに中途入社。顧問名鑑事業部に配属となり、最大でメンバー50名の統括を担う。レイスに入社後も、ニューカマー賞、最多売上賞、敢闘賞等、数々の賞を受賞し、次期部門長候補として期待される。

  • D.Shuhei

    東京大学 卒業

    2016年、新卒でレイスグループに入社。役員直下に配属となり、入社1年目から、経営改善のための分析・コンサル、新規事業の立ち上げ、組織改革等を担っている。入社2年半で課長代理に就任。8名のメンバーのマネジメントを託されている。学生時代は、アイスホッケー部にて副将を務めていた。

Chapter1 井の中の蛙。
大手以外を知らず。

D.Shuhei
先輩の前職は「リクルート」でしたよね?どうして転職をしようと決めたのですか?
K.Toshihiko
自分でトップというのは恥ずかしいけれど、確かに成績は結構良かったと思う(笑)。当時、「リクルート」の中で「SUUMO」を運営する「住まいカンパニー」に所属していたのだけど、その中でも僕は大手企業だけを取引相手に持つ執行役員直属のエース部隊を任されていたんだよね。年間MVP(部門300名中第1位)も受賞していたし、同期は120名ほどいたけれど、常に1、2位を争っていたように思う。
D.Shuhei
精鋭揃いのリクルートの中でですか!?ものスゴイじゃないですか!?順風満帆だったんじゃないのですか?
K.Toshihiko
確かに、当時はそう思っていたかもしれない。社会人5年目にして年収も1000万を超えていたし、ビジネスマンとしても実力があると勘違いしていたから、転職する気はさらさらなかったな。
ただ、社会人6年目のある時、スカウトされた先輩から偶然レイスを紹介されたので、「自分の市場価値でも聞いてみるか」と軽い気持ちでレイスのエージェントに会ったんだよ。そこでお会いしたのが、同い年の堤社長(現レイスマネジメントソリューションズ代表取締役)だったんだ。そこで全身に雷が落ちるような衝撃を受けることになった……。

Chapter2 立場が人を創っていた……。

K.Toshihiko
当時の堤社長は、30歳で100名のメンバーを統括していた。その上、自ら立ち上げた事業『顧問名鑑』をさらに広めるべく、責任者として錚々たる顔ぶれの経営者と交渉を重ねる日々を送っていたと聞かされた。一方、僕はメンバーこそ10名近く預かっていたものの、既にインフラと化した「SUUMO」というメディアをただ売っているだけ……。ビジネスマンとして担っている重みがまるで違うことを直視させられた。
D.Shuhei
なるほど……同い年であり、社会人歴も同じだからこそ、差を痛感されたのですね。
K.Toshihiko
そう。ちなみに、僕は早稲田で、堤社長は慶應だったから、そんなに差はないだろうとも勝手に思っていた(笑)。それなのにこの違いは何だ!と。
D.Shuhei
所属する環境によって、差が生まれていた、ということですかね。
K.Toshihiko
そうだね。その後、藤代表(レイスグループ代表)ともお会いしたのだけど、「実のところ、ポテンシャルは堤も君も同じくらいかもしれない。ただし、今まで歩んだビジネスパーソンとしての人生を見れば、その経験値は大きな差として表れており、失礼ながら実力差が出ている」と突きつけられた。この時はじめて、自身のうぬぼれと、ビジネスパーソンとしての地力の無さを痛感することになった。事実、その中で繰り広げられた会話、具体的には経営論はもとより、会計、歴史の話にも全くついていけなかった……。

Chapter3 大企業で満足するのではなく、大企業を創りたい。

K.Toshihiko
「リクルート」の創業は1963年。創業者の江副さんを筆頭に、『フロム・エー』や『カーセンサー』など時代の先端をいくサービスとともに、多くのヒーローたちが誕生していた。ただ、僕がいたころのリクルートは、先人が創り上げてくれた秀逸なビジネスモデル、ブランドを武器に戦っているに過ぎなかった。こんなぬるま湯に浸かっていては、目指したいビジネスパーソン像にはなれないとレイスと出会って初めて自覚した気がする。会社のブランドに頼らない、ビジネスパーソンとしての真の力量を身につけるべく、まだ出来上がっていない環境で能力を磨こうと思い、レイスに参画を決めたんだ。
D.Shuhei
そうだったのですね。リクルートでバリバリ成果を出していたと聞いていたので、そんな経緯があったとは驚きました……。
K.Toshihiko
逆に、君はなぜレイスを選んだの?東大卒であれば、外資コンサルや大手メーカーなど、選びたい放題じゃないの?
D.Shuhei
はい、有り難いことに大手を中心に幾つかの内定はすんなりもらえました。その中でも、元々スポーツビジネスに興味があったものですから、内定が出ていた「電通」でプロモーションビジネスに挑戦しようと、実は承諾直前まで気持ちは傾いていたのです。

Chapter4 普通の延長にない
“ロマン”ある仕事とは?

D.Shuhei
ところが、いざ内定出て、実際に働いている社員との交流を行うにつれて、強烈な違和感を覚え始めました。これは「電通」に限った話ではないのですが、大手企業に勤めている人たちは、どこか安定志向というか、回ってくる仕事をこなすことが中心で、自ら何かを創り出すという気概に欠けている人が多いと感じたのです。仕事をさせられている、とでも言うのでしょうか。そんな迷いをきっかけに、改めて就活に取り組むことにしたのです。
K.Toshihiko
そうだったんだね。ちなみにレイスとはどういう経緯で出会ったの?
D.Shuhei
実はよく覚えていないのです(笑)。確か大学の同期からの紹介だったと思うのですが……。ただ、最初にお会いした伊東さん(現エムレイス代表取締役・M&A事業の責任者)の印象は鮮烈に脳裏に焼き付いています。それが強烈過ぎたので、それ以前のことを忘れてしまったのかもしれません(笑)
K.Toshihiko
へぇ!伊東さんが?どんな話をしたの?
D.Shuhei
話をしたというか、一方的に聞いていた気がします、約3時間にわたり……(笑)。途中から藤代表も同席されたのですが、そんなことは意に介さず、自分の仕事の可能性や、誇りをもって仕事をしている様子を嬉々として話されていました。そのときの感動は忘れません。「これだ!俺が仕事に求めていたものは!」と。その後4~5名の社員とお会いしましたが、どの社員も負けず劣らずの熱量を持っていました。まさに経営理念の通り、ロマンある仕事、他では真似できない仕事を追求されている、と確信しました。その頃には自分の気持ちは固まっていた気がします。
K.Toshihiko
君が感じたこと、よく分かるよ。リクルートも、僕が辞めた頃は、既に与えられた武器で仕事をしているような感覚だった。レイスのメンバーは、誰もが一人称で仕事を語っているんだよね。自分の仕事に対するスタンスとの大きな違いを感じたのを覚えている。

Chapter5 年間3億の利益。
上場企業クラスを3年で創る!?

K.Toshihiko
君は入社して2年半か。実際に入社して、調子はどうなの?
D.Shuhei
うーん……正直、満足のいく成果を出せていません。元々は3年で3億の利益を生み出す事業を創るはずだったのですが、実は現時点でそこまでの見通しは立っていないのです……。
K.Toshihiko
利益3億!?それ新興市場に上場できるレベルだよ!?
D.Shuhei
まぁそうですね。簡単ではないことは分かっていますが、でも絶対に実現しますよ!
K.Toshihiko
そう……すごいね(閉口)。
D.Shuhei
あとは、有り難いことに主力事業の改善も任せてもらいました。堤社長、小橋次長(顧問名鑑事業の部門責任者)と毎週ミーティングを重ね、私主導でマーケティング手法を見直し、ツール刷新を行ったところ、年間2億円の粗利貢献を実現することができました。
K.Toshihiko
それもまたすごいね。実績もそうだけど、そもそも普通は社会人1年目でその業務任せてもらえないよ?大手であれば10年掛けて、その上でひと握りしかたどり着けないポジションだよ。
D.Shuhei
ははは。確かにそうですよね(笑)。大学の同期と話していても、よく羨ましがられます。大手商社にいった友人は、まだ先輩の資料作成が中心だと言っていましたから。
K.Toshihiko
俺も羨ましいもん。1年目からそんな仕事したかった(涙)
D.Shuhei
恵まれた環境をいただいていることに恩返しするためにも、いち早く事業立ち上げを成功させます。いつか先輩とも仕事したいです!
K.Toshihiko
OK!ちなみに、俺も事業立ち上げの野望持ってるから!負けないからね。